1: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:23:22 ID:6baapL+L
李牧が死ぬときに李姓を受け取って李信になるらしい
2: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:24:38 ID:dmRST2lj
なにいってだこいつ
3: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:25:19 ID:dBoebD8w
たんわ様の馬になりたい
8: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:29:14 ID:dBoebD8w
予想が容易い王道路線であんなにワクワク感あるのはやっぱり作者の腕だなと思いました(小並感)
11: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:32:51 ID:ZO0KsJJC
>>8
王翦「俺の活躍する場面じゃなかったのか?」
王翦「俺の活躍する場面じゃなかったのか?」
7: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:27:33 ID:aY293ATR
李牧となんの関係があるんですかね……
9: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:32:07 ID:/16hE/N4
政が後の始皇帝って方が想像つかん
10: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:32:20 ID:YyAOjzyI
王都奪還あたりはマジで打ち切り寸前だったのになあ
縛虎申兄貴が出てきたあたりから一気に面白くなったわ
縛虎申兄貴が出てきたあたりから一気に面白くなったわ
12: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:33:17 ID:2PpWS5zl
暴君になる政
14: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:35:28 ID:oXE4myjJ
新進気鋭のホープ信と大戦犯李信将軍は別人
15: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:35:50 ID:bdlrvZAk
史実だとこの先王翦無双だよな
あの王翦でどうやるのか
あの王翦でどうやるのか
17: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:37:05 ID:yw1rDlJq
>>15
すでに王翦無双だろ
王翦いなかったらもう終わってた
すでに王翦無双だろ
王翦いなかったらもう終わってた
16: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:36:33 ID:2rIkSTb7
大戦犯が主役
おつ、センゴクか
おつ、センゴクか
22: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:38:52 ID:ZO0KsJJC
>>16
関ヶ原でも徳川にしっぽふって生き残るんだし有能だろ(適当)
関ヶ原でも徳川にしっぽふって生き残るんだし有能だろ(適当)
18: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:37:27 ID:2sNgPxz/
ポッと出てきたカイオク軍師が意外にかっこいい
23: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:39:05 ID:dmRST2lj
王翦主人公でよかったような
28: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:40:44 ID:gTwTK/7o
もっと王翦だしてほちい
33: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:44:20 ID:/16hE/N4
李牧を処刑して自分の首を締めた趙とかいう無能国家
36: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:46:43 ID:926DWMw0
もう秦は2位に12ゲーム差くらいつけてマジックも点灯してるからなぁ
40: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:49:10 ID:X5huaIuR
>>36
統一後はダイナマイト打線を2年で崩壊させた阪神みたいになるんですね
統一後はダイナマイト打線を2年で崩壊させた阪神みたいになるんですね
42: 風吹けば名無し 2013/06/19 12:50:37 ID:D9As5dGT
政のキャラがおかしい
暴君のDQNを美化しすぎだろ
まあここから心変わりするのかも知れんが
暴君のDQNを美化しすぎだろ
まあここから心変わりするのかも知れんが
引用元:http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1371612202/

コメント
コメント一覧 (3)
『史記』の、李牧の事が書かれている廉頗藺相如列伝には、李牧は秦の離間によって殺されたとあり、
『史記』の李斯列伝に、李斯は間者をよく用い、各国に間者を何重にも派遣していて
金で裏切る名族にはたんまりと褒賞を与え、裏切らない名士には刺客を放ったり、
君主との仲を離間して殺害したとあるので、かなり強力に工作されてることが見て取れるため
幽繆王が暗君だったという事実以上に、弁明も出来ない状態に陥れられたんだろう。
趙の無能さというよりも、秦の強さを見るべき事象だろうと思う。
>>42
史記に見える始皇帝は、暴君であるという以上に「法律を信奉する強いリーダー」だよ。
古い書物を焼き払ってしまったのは余りにも早計だったし、学術を統制しようとしたことで
各国の扇動の出来る(そして後世に記録を残す)知識人の反発を招いたことは、間違いなく禍根となったことだろうけど。
良くも悪くも司馬遷は漢の武帝を投影し、武帝に対する諷諫の意図も込めて書いていたんだと思う。
ちなみにこれまで儒家的価値観では批判され、現代的価値観では功績とされてきた
規格の統一についての一部事業は、考古学的調査で始皇帝ではなく二世皇帝の頃行われたことが分かってきている。
滅んだ国家の王族も降伏した連中は全員保護していたし、思ったより反発に考慮して慎重だったんだよ、始皇帝自身は。
それでもいきなり郡県制は間違いなく失策だったんだけどね。
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